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不正競争防止法改正の解説: 優越的地位の濫用行為に対する規制強化と企業の対応

2025-08-05/ 弁護士コラム/ JT&N 李霆輝弁護士

中国において、これまで、大企業の優越的地位の濫用行為を規制する法令として、「中小企業代金支払保障条例」という中国国務院の条例などがあります。同条例に続き、20251015日より施行される改正「中華人民共和国不正競争防止法」(以下「新不正競争防止法」という。)では、第15条および第31条において、「資金・技術・取引チャネル・業界における影響力など、自身の優越的地位を濫用してはならない」との規定が盛り込まれました。これにより、優越的地位の濫用行為に対する規制は初めて全人代の法律にレベルアップし、優越的地位の濫用行為の定義も具体化されました。新不正競争防止法の施行により、大企業による中小企業への不当な契約条件の押し付けや、プラットフォーム経済における準独占的行為、サプライチェーンにおける不公正な取引といった問題に対する規制は、更に強化されることになります。

今回の法改正の背景として、近年、中国のデジタル経済およびプラットフォーム経済が加速的に発展する中で、資金力・トラフィック・データ・チャネルの面での優位性を有する大企業が、取引中に中小企業に対して不公正な条件を課し、長期にわたる不合理な支払期限の設定やリスクの転嫁を行う事例は少なくありません。このようないわゆる「ソフトな強制」は、「市場支配的地位の濫用」を規制する独占禁止法の基準では直接に対応することが困難であると考えられ(市場支配的地位の濫用は、市場全体の自由競争の確保を主眼とするため、適用するハードルが高い。他方、「相対的優越的地位」は具体的な取引における当事者の利益保護を重視しているため、企業にとってより身近な概念となる。)、また、中小企業側が民法その他の関連法規をもって権利を主張することも現実的には容易ではありません。

このような立法上の盲点を解消するため、従来の独占禁止法が「市場支配的地位」のみを規制の前提としていたのに対し、今回の新不正競争防止法では、取引の実務に立脚し、「相対的優越」も法規制の視野に加える構成となっております。これにより、取引における「強者」の行為を法的に制約し、公正で秩序ある市場環境を維持することが意図されております。中国で事業を行う外資企業、特にサプライチェーンの上流に位置する日系中小企業にとって、新不正競争防止法はより公正な取引条件の確保に資する一方、今後の取引実務におけるコンプライアンスリスクへの対応も求められています。

 

一、条文の解釈

新不正競争防止法第15条は、以下のように規定されています。

「大企業等の経営者は、自身の資金・技術・取引チャネル・業界における影響力などの優越的地位を濫用し、中小企業に対して明らかに不合理な支払期限・方法・条件・違約責任などの取引条件を受け入れさせたり、中小企業に対する商品の代金、工事代金、サービス対価などの債務の支払いを遅延してはならない。」

本条は、「市場支配的地位」の存在を規制の前提としていた従来の規制枠組みを補完するものであり、たとえ業界での主導的地位を有していない場合であっても、特定の取引関係において明確な交渉上の優位性や、リソースの支配力、チャネル依存性が認められる場合には、法的に「優越的地位」として評価される可能性があることを示しています。

もっとも、過去にパブコメが行われた同法の意見募集稿と比較すると、最終的に可決された新不正競争防止法においては、第15条の構成および適用範囲に関しては以下のような限定が加えられております:

1.        適用対象が全ての事業者から「大企業」に限定:新不正競争防止法第15条では、従来のように市場シェアを前提とするのではなく、個別の取引関係における資源・チャネル・資金・技術等の相対的な優位性に着目しています。したがって、業界における独占的な支配力を有していない場合でも、取引上の明確な優越性を有する大企業であれば、本条の規制対象となり得ます。

2.        保護対象も全ての事業者から「中小企業」に限定:これは、中小企業の育成とビジネス環境の改善という政策的意図を強く反映したものであり、立法上の明確なメッセージといえます。ただし、本条では「中小企業」の明確な定義は設けられておらず、実務上は「中小企業分類基準規定」や業界慣行等に基づき判断されることが想定されます。

3.        規制対象行為が「非合理的な支払条件」に絞られる:新不正競争防止法においては、優越的地位の濫用に該当する行為の範囲が、従前の2016年および2022年の意見募集稿において想定されていた広範な行為類型(「独占禁止法」における濫用類型を包括的に踏襲するもの)とは異なり、「不合理な取引条件の押し付け」および「支払遅延」といった極めて限定的な内容に絞られています。これは、中小企業の「回収期間長期化・回収難」といった問題に対処するためであり、大企業がサプライヤー利益を圧迫して低価格競争を助長する「内向きの過当競争」の抑制にも資する措置です。一方で、排他的取引契約等の行為が意図的に規制対象対象から外されたことから、中小企業保護と大企業による経済活性化・イノベーション推進との間のバランスを取ろうとする意図も読み取れます。

総じて言えば、本条の設定は、「独占禁止法」と「中小企業促進法」及び「中小企業代金支払保障条例」の制度的空白を埋めるものであり、契約自由原則と不公正な取引関係との間のバランスを一定程度確保するものといえます。

なお、本条の実施に向けては、①「優越的地位」、「大企業」、「中小企業」および「明らかに不合理な取引条件」等の重要概念の定義の明確化、②第15条における「不合理な取引条件」と「支払遅延」との関係性の整理、③「民法典」、「独占禁止法」、「電子商取引法」等との競合などの問題の釈明が、依然として求められておりますが、今後、監督当局は、大企業による不合理な支払期限の設定や中小企業への支払遅延などの問題に重点的に対応していくことが予想されます。実際、20256月には関係当局の指導・要求に基づき、注目を集める自動車業界において、BYD等の大手メーカーによるサプライヤーへの支払期限が一律60日以内に統一されました。

 

二、法執行の動向

近年の監督管理の実務動向については、中央および地方政府は、「企業債権支払遅延問題の解決に関する意見」や「民営企業・中小企業への債権支払遅延防止の長期メカニズム確立に関する実施意見」等の政策を打ち出しており、大企業に対する財務コンプライアンスの強化および責任追及を推進してまいりました。また、各級の政府は、民間企業や中小企業に対する支払の状況について監督検査を実施し、苦情申立に対する迅速な対応体制を整備するなど、多層的な監督体制を構築しております。

今後、新不正競争防止法第15条などの規定が施行・運用されるにあたり、当局と業界団体と共同で実施する集中調査、特別検査、信用情報の開示、通報処理などの形式を通じて、重点的な取締りが実施されるものと予想されます。

新不正競争防止法第15条において明示された「不合理な支払条件の設定」と「支払遅延」以外にも、法改正の立法趣旨および近年の行政調査・処罰の事例から見ると、以下のような取引慣行が新たに規制対象となる可能性もあります:

1.        強制的な「二者択一」:取引相手に対して競合他社との取引を制限または禁止する旨を一方的に求める行為。

2.        抱き合わせ販売・付随条件の受容の強要:商品やサービスの購入・調達に際し、本来無関係なソフトウェアの購入やサービス契約の締結を強要する行為。

3.        取引条件の不当な制限:取引の対象・方法・販売チャネルなどを不合理に制限し、公正な競争秩序を損なう行為。

4.        一方的・不合理な決済ルールの設定:リベート制度や「上流企業による支払完了を前提条件とする支払」など、不公正な支払スキームの強要。

5.        技術的手段による制限:アルゴリズムの順位設定や閲覧制限により、非協力的な取引相手を事実上排除する行為。

6.        データ関連権利の濫用:正当な業務目的を超えて、取引データやユーザー情報、システムインターフェース等の提供を不当に求める行為。

このように、新不正競争防止法は大企業による優越的地位の濫用を多面的に捉え、より実効性のある規制の枠組みを形成するだろうと思われます。

 

三、日系企業が取るべき対応策

今回の新不正競争防止法第15条の改正は主として大企業による取引慣行を規制するものですが、中国で事業を展開する日系企業にとっては、その規模にかかわらず、実務上の影響が生じ得る点に留意が必要であり、今後の動向を継続的に注視することが推奨されます。

中小企業にとって、契約書上の支払条項の合理性に特に注意を払い、支払期限が長過ぎる(例えば120日超)場合や、相手方の違約責任の未設定など、受動的に不公正な条件を受け入れることにならないよう留意すべきと思われます。また、交渉段階におけるやり取りを記録として残すことで、将来的に紛争や調査が生じた場合に、自社が「取引上の劣位的地位」にあり、「自発的でない受容」であったことの重要な証拠となり得ます。これにより、企業としての自衛能力を高めることが可能であろうと思われます。

さらに、法律上「不合理な支払条件」に対する制限があるとはいえ、現実の商取引において、債権回収リスクは依然としてサプライヤー企業にとって大きな課題でしょう。企業にとっては、日頃からの債権管理および信用管理の強化が不可欠であり、また、必要に応じて、ファクタリングや信用保険といった金融手段の導入を通じて、キャッシュフロー・リスクの抑制を図ることが望まれます。

一方で、大型の日系メーカー、プラットフォーマー、小売業者など、中国国内でチャネル支配力または調達主導権を有する企業は、既存契約において「コスト転嫁」「過長な支払期限」「一方的な免責条項」等の不合理な支払条件の有無を慎重に検証し、自己の行為の「優越的地位の濫用行為」に該当する可能性の有無に関する自己点検を行う必要があります。「優越的地位の濫用行為」に該当するリスクを踏まえ、自主的な是正措置を講じることが望ましいと言えます。

また、業界全体の動向にも注意を払い、他社の対応状況も参考にしながら、自社のコンプライアンス体制を見直すことが重要です。BYDやファーウェイなどの中国大手民間企業はすでに政策に応じてサプライヤーへの支払期限の短縮を実施したと報じられています。日系大手企業においても、支払条件管理の方針等を適時見直すことで、コンプライアンスリスクの低減および取引先との安定的な関係構築に繋がると考えられます。

 

四、おわりに

本稿で取り上げた新不正競争防止法第15条を含む今回の改正は、①マクロ的には独占禁止政策および中小企業支援政策との連携を強化し、②ミクロ的には取引の公正性向上と大企業の行為規範の整備を推進するという、二つの明確な方向性を示しています。今後は、さらなる施行細則、実務解釈、典型事例の公表が進み、本条の適用範囲や運用基準がより具体化されていくことが期待されます。

中国において事業を展開する日系企業にとっては、サプライチェーンの上流・下流を問わず、中小企業として公正な支払スキームを確保したいときでも、大企業として調達ルールや取引構造を見直す場合ときでも、本改正の立法趣旨と執行方針を的確に把握し、契約設計・支払条件の管理・社内コンプライアンス体制の構築において、より高い敏感性と専門性が求められます。

今後ますます複雑化・精緻化する中国の法制度環境のもとで、コンプライアンスリスクの早期発見と対応体制の構築は、企業が持続的かつ安定的に発展するための前提条件であるといえるでしょう。

 


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