2024年以降、中国の人口高齢化が進み、定年年齢の引き上げ政策が段階的に実施されるに伴い、法定退職年齢を超えた労働者(以下、「高齢労働者」という)の規模は拡大し続けている。しかし長年にわたり、高齢労働者の労働権益保障は法的に曖昧な状態が続き、企業にとって雇用上のリスクを予測することが困難であった。
そこで、「高齢労働者基本的権益保障暫定規定」(以下、「暫定規定」という)が2026年7月1日に正式に施行されることにより、中国における高齢労働者の雇用管理はいよいよ「法的根拠あり」という新たな段階へと踏み出した。「暫定規定」は、中国で初めて高齢労働者の権益保障を専門に定めた部門規則(日本の省令に相当)であり、長年にわたり高齢者雇用を単純に「労務関係」と同一視してきた従来の枠組みを打破した。企業にとってこれは単なるコンプライアンス要件の追加にとどまるものではなく、高齢労働者雇用に関する根本的な考え方を体系的に再構築するものである。企業はこれまでのように「労務関係」の性質判断に依存して労働法上の義務を回避してきた従来のやり方に固執することをやめ、「特別労働関係」という新たな枠組みのもとで、雇用管理システムを再検討・再構築する必要がある。
一、法的関係の再定義:「純労務」から「二元的混合」へ
長年にわたり、高齢労働者雇用の法的性質は司法実務において揺れ続けているが、一般的には労務契約という民事法律関係とみなされてきた。「暫定規定」の公布により、実質的に高齢労働者雇用の「特殊な労働関係」という性質を確立した。すなわち、「重要権利の労働関係適用、非重要権利の労務関係適用」という二元的な法的特徴が確立されたのである。
これは、高齢労働者が企業の労働管理を受けて有償の労働に従事する限り、労働報酬、休憩・休暇、労働安全衛生、労災保障という4つの重要権利については、直接「労働法」などの強行規定が適用されることを意味する。一方、契約違反による賠償、競業避止、契約の解除・終了の条件など、非重要事項については、「民法典」の「合意に従う」原則が適用される。企業はこの境界を正確に識別し、高齢労働者を正式な従業員と完全に同一視してはならないほか、いかなる労働法的保護も受けられない「単なる労務提供者」とみなすことも許されない。
二、契約書の再構築:「法定の下限」と「合意の余地」の的確な画定
「暫定規定」では、企業は高齢労働者と書面による「雇用契約」(中国語:用工協議。労働契約ではなく)を締結しなければならないとされている。この契約書は今後の紛争解決の最重要な根拠となるため、企業は契約書の作成または更新に際して極めて慎重になる必要がある。
一方で、契約は法定の最低基準を全面的に網羅し、契約期間、業務内容、勤務地、勤務時間、休憩・休暇、労働報酬(現地の最低賃金水準を下回ってはならず、毎月満額支払われる必要あり)、社会保険、労働保護および職業上の危険防止など、重要事項を明確に定める必要がある。
他方、企業は「合意の余地」を十分に活用することで、雇用リスクを軽減することができる。「暫定規定」では、高齢労働者に対し「労働契約法」に基づく完全な権利が与えられているわけではないため、企業は契約において経済補償金や賠償金など、労働法上の他の義務を明確に除外することが可能である。そのため、「労働法で定める権利を享受する」等の幅広い表現は避けるべきである。「暫定規定」が与える柔軟性を最大限に活用し、契約に合理的な一方的解除の条件(例えば、複数回の遅刻・早退、秩序を乱す行為など)を定め、契約終了に際して労働組合への通知手続きを不要とすることで、企業の雇用自主権を確保することが可能である。
三、労災保障の義務化:リスク隔離防火壁の構築
労災保険は、今回の「暫定規定」において企業に課された主な義務の一つである。「暫定規定」第15条には、雇用者は高齢労働者に対して労災保険に加入させ、労災保険料を納付しなければならないと定めている。この規定により、これまで各地で異なっていた労災保険の加入ルールの地域差が解消され、高齢労働者に対する労災保険の納付が企業の法的義務として確立した。
これに対し、企業は現在の高齢労働者の保険加入状況を全面的に点検し、労災保険未加入の高齢労働者の加入手続を行わなければならない。地方のシステムがまだ更新されていないなどの理由で一時的に労災保険に加入できない過渡期については、必ず加入申請を行ったことを示す書面証拠を保管するとともに、雇用者責任保険などの民間保険を速やかに購入して代替の保障を確保したほうが妥当である。万が一労働災害が発生した場合、企業が法令に基づいて保険に加入していないと、全ての労災賠償待遇を自ら負担する巨大なリスクに晒されることになる。
四、日常管理と紛争対応:精緻化な運営と事項別の紛争受理
日常の管理において、企業は高齢労働者を適切な賃金・勤怠管理システムに組み込み、給与の現物支給や、残業時間等を無視した長期な「月給固定」等の違法な運用を禁止する。原則として、高齢労働者に残業を命じてはならず、やむを得ず残業させる場合は、法律に基づいて残業手当を支払わなければならない。また、その高齢労働者の身体状況に応じた適切な職務を割り当て、危険度の高い仕事や重労働、有毒有害な作業を一切命じてはならず、入社時および退社前の職業健康診断を確実に実施する必要がある。
紛争解決に関して、「暫定規定」は「事項別の」受理方法を確立した。労働報酬、休憩・休暇、労働安全衛生、労災保障に起因する紛争については、労働仲裁および労働監察の対象とし、その他の事項に関する紛争については、裁判所が直接受理することとしている。企業は日常の管理において、出勤記録、給与明細、残業承認書、研修記録などの重要な証拠をしっかりと保管しておくよう心がける必要がある。これにより、万一仲裁や訴訟が発生した場合に備えることができる。
「暫定規定」の施行は、「シルバー雇用」の放任から規範化への転換を意味する。企業は今回の「暫定規定」を契機として、高齢労働者雇用の現況を点検し、契約書再締結や制度改訂を全面的に実施し、労働基準の最低基準を守りつつ、精緻な契約条項と制度設計を通じて労働者の権益保障と企業雇用の柔軟性の最適バランスを実現し、人口高齢化の下で法的リスクを効果的に防止し、人材レッドオーシャンを制すべきであると考えられる。