2026年8月15日、「中華人民共和国「生態環境法典」」(以下「生態環境法典」又は「法典」という。)が正式に施行された。「生態環境法典」は、民法典に続き中国で2番目に「法典」と命名された法律であり、従来の生態環境関連の法制度及び各種ルールを体系的に統合し、整理・再編した上で、総合的に発展・昇華させたものである。そのうち、「両罰制」(すなわち、企業が違法行為を行った場合に、企業と関係責任者の双方の責任を追及する制度)は、今回の法典編纂における重点の一つであり、かつ、企業が特に関心を寄せるテーマとなっている。本稿では、両罰制の変遷、具体的な内容及び責任主体を中心に分析し、企業、特に関係責任者のコンプライアンス対応に資することを目的とする。
一、両罰制の変遷
両罰制は「生態環境法典」により新設された制度ではない。従来の立法においても、既に企業に対する処罰と併せて個人の責任を追及するという多角的な規制の先例がある。例えば、「中華人民共和国環境保護法(2014年改正)」第63条は、違法企業の直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対する勾留の適用場面を明確に定めており、「中華人民共和国水質汚染防止法(2017年改正)」第94条も、直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、前年に当該企業から取得した収入の50%以下の過料を科しうることを定めている。もっとも、従来は個別法ごとに適用場面が不統一であり、個人責任の範囲や過料の水準も揃っていなかったため、実務上、個別法ごとに逐条確認せざるを得ず、両罰制の実際の適用範囲と執行実績はまちまちであった。
「生態環境法典」の施行は、こうした状況を改めるものである。同法典は、法的責任編の通則である第1064条において、両罰制について概括的な規定を設け、「企業、事業単位、その他の事業者及び個人が環境を汚染し、生態を破壊し、又は本法に定めるその他の違法行為があった場合、法に基づき法的責任を負う。環境汚染・生態破壊事故を引き起こし、又はその他の法定の事由がある場合、企業、事業単位及びその他の事業者の法定代表者、主要責任者、直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者は、法に基づき法的責任を負う」と規定している。従来、個別法に散在し、限定的な場面にしか適用されなかった両罰制ルールを、法的責任編における普遍的に適用される基礎的条文へと格上げたものである。さらに、法典の法的責任分則においても、具体的な責任追及規定がいくつか設けられている。
二、両罰制の具体的内容
理解しやすいよう、法典において、個人が所属企業(技術サービス機関を除く)の違法行為により行政処罰を科せられる可能性のある主な事由およびその場合の罰則内容を、以下の表にまとめた。
| 企業の違法行為 | 責任者に対する罰則 |
総論:概括的規定 |
第1064条 | 企業、事業単位、その他の事業者及び個人が環境を汚染し、生態を破壊し、又は本法に定めるその他の違法行為をした場合、法に基づき法的責任を負う。環境汚染・生態破壊事故を引き起こし、又はその他の法定の事由がある場合、企業、事業単位及びその他の事業者の法定代表者、主要責任者、直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者は、法に基づき法的責任を負う。 |
各論:「法定代表者/主要責任者」を処罰対象として明記されている罰則 |
第1096条 | 建設プロジェクトの生態環境影響評価書・報告表に、基礎資料の明らかな虚偽、内容の重大な欠陥・脱落・虚偽、評価結論の不正確・不合理などの重大な品質問題がある場合。 | 建設企業の法定代表者、主要責任者、直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、5万人民元以上20万人民元以下の過料。 |
第1178条 | 許可証を取得せずに危険廃棄物の収集・貯蔵・利用・処分等の事業活動を行った場合。 | 法定代表者、主要責任者、直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、10万人民元以上100万人民元以下の過料。 |
許可証の定めるところに従わず、危険廃棄物の収集・貯蔵・利用・処分の事業活動を行った場合。 | 法定代表者、主要責任者、直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、5万人民元以上50万人民元以下の過料。 |
各論:法定代表者・主要責任者が明記されていない個人への罰則 |
第1088条 | 企業が生態環境モニタリングデータを偽造・変造し、又は委託した生態環境モニタリング機関にデータの偽造・変造を指示した場合。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、5万人民元以上20万人民元以下の過料。 |
第1100条 | 生態環境保護施設が主体工事と同時に設計・施工・稼働されず、又は生態環境保護施設が完成せず、若しくは規定の要求を満たさないまま生産・使用が開始された場合。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、5万人民元以上20万人民元以下の過料。 |
第1162条 | 土壌汚染防止規定に違反する7種類の行為。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、5000人民元以上2万人民元以下の過料。 |
第1165条 | 規定に従わず、土壌汚染調査、リスク評価、管理・修復義務を履行しなかった場合。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、5000人民元以上2万人民元以下の過料。 |
第1169条 | 無断で危険廃棄物、都市下水処理施設から生じる汚泥及び処理後汚泥を投棄・堆積・廃棄・散布・飛散・焼却した場合。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、2万人民元以上10万人民元以下の過料。 |
第1229条 | 法執行官を引き延ばし、取り囲み、又は足止めする等の方法により監督検査及び突発的生態環境事件の調査処理を拒否・妨害し、又は検査・調査に際し偽計を用いて、若しくは必要資料の提供を拒んだ場合。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、5000人民元以上5万人民元以下の過料。 |
第1234条 | 生態環境参入リストの定めに従わず生産・建設活動を行った場合。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、5万人民元以上10万人民元以下の過料。 |
第1236条 | 環境汚染・生態破壊事故を引き起こした場合。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、前年に当該企業・事業者から取得した収入の50%以下の過料に処することができる。 |
各論:行政勾留を含む罰則 |
第1095条 | 建設企業が法に基づき環境影響評価書類の届出・再届出・再審査を行わず、評価書類の承認がないまま無断で着工し、建設停止又は原状回復を命じられた後もなおこれに従わなかった場合。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、10日以上15日以下の勾留。情状が軽微な場合は5日以上10日以下の勾留。 |
第1102条 | 汚染物質排出許可証を取得せずに汚染物質を排出し、是正を命じられたにもかかわらず排出停止に応じなかった場合。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、10日以上15日以下の勾留。情状が軽微な場合は5日以上10日以下の勾留。 |
第1108条 | 暗管、浸透井・浸透坑、注水、亀裂・洞穴、モニタリングデータの改ざん・偽造、現場検査を免れる目的での一時的生産停止、非緊急時に非常用排出口を開くこと、汚染防止施設の不適正運転など、監督を回避する方法により汚染物質を排出した場合。 | 通常の場合:直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、5日以上10日以下の勾留。情状が重大な場合:同、10日以上15日以下の勾留。 |
第1160条 | 農地に対し重金属又はその他の有毒有害物質が基準を超える汚水・汚泥、並びに土壌汚染を引き起こすおそれのある浚渫底泥・鉱山廃棄物・鉱さい等を排出し、情状が重大な場合。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、5日以上15日以下の勾留。 |
第1165条 | 土壌汚染責任者又は土地使用権者が規定に違反してリスク管理・修復を実施せず、情状が重大な場合。 | 直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、5日以上15日以下の勾留。 |
第1179条 | 固体廃棄物の無断処分による重大結果、危険廃棄物の飛散・流出等の未防止、無承認での危険廃棄物の移転、特別保護区域内での違法な工業固形廃棄物施設の建設、無許可又は許可条件に違反した危険廃棄物経営活動、危険廃棄物を無許可の企業又は個人に提供・委託するという種類の行為。 | 法定代表者、主要責任者、直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に対し、10日以上15日以下の勾留。情状が軽微な場合は5日以上10日以下の勾留。 |
上表のとおり、関係責任者が企業の違法行為によって責任を問われる主なリスク分野は、環境影響評価と建設プロジェクトの参入許可(第1095条・第1096条)、環境保護施設の「三同時」制度と汚染物質排出許可(第1100条・第1102条)、モリタリングデータと監督を回避した汚染物質排出(第1088条・第1108条)、土壌汚染防止(第1160条・第1162条・第1165条)、固体廃棄物・危険廃棄物管理(第1169条・第1179条)などである。
責任の形式から見ると、法典が関係責任者に問う責任は、財産罰と人身罰の2種類に大別される。財産罰としては、情状の軽重に応じ、責任者に対する過料は5000人民元から20万人民元までの幅があり、さらに汚染事故の場面(第1236条)では、責任者が前年に当該企業から取得した収入の50%以下の過料が科され、これは実質的に個人の収入と連動する。人身罰としては、法典は旧「環境保護法」第63条を踏まえつつ、行政勾留の適用場面を大幅に拡大し、環境影響評価手続きなく着工、無許可排出、監督回避型排出、農地汚染、土壌修復責任の放棄、危険廃棄物に係る重大違反の6種類を対象に、勾留期間は5日以上10日以下、10日以上15日以下、5日以上15日以下の3段階とされている。
三、責任主体
上表からみると、分則条文の多くは「直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者」を処罰対象としている。他方、環境影響評価書類の重大な品質問題(第1096条)及び危険廃棄物経営許可違反(第1178条)の2点においては、条文上「法定代表者・主要責任者」も併せて処罰対象として明記されている。第1064条の概括規定を踏まえると、法典の両罰制の適用ロジックは、原則として「直接の責任を負う主管人員及びその他の直接責任者」を追及し、環境影響評価書類の重大品質問題又は危険廃棄物経営許可違反が生じた場合には、法定代表者・主要責任者も責任を問われうる、と理解される。特に留意すべきは、分則条文に法定代表者が明記されていない場合であっても、実務上、法定代表者が「直接の責任を負う主管人員」に該当すると認定され、責任を負う可能性がある点である。
実務上、「関係責任者」の範囲画定が争点となる。弊所の実務経験に基づき、法典が掲げる4種類の責任者の範囲を以下のとおり画定するので、参考に資されたい。
Ø 法定代表者:登記に基づく。実務上、名ばかりの法定代表者であっても、自ら実質的に経営管理に関与していないことを立証できない場合には、責任を負う可能性がある。
Ø 主要責任者:企業の事業活動及び生態環境業務につき全面的な指導責任を負う「第一の責任者」であり、典型的には企業の実質的支配者、董事長、総経理など経営判断権を有する役員をいう。
Ø 直接の責任を負う主管人員:具体的な生態環境違法行為につき、決定、組織、指揮、指示、容認などの役割を果たした管理職をいい、典型的には環境保護・生産を分担する役員、プロジェクト責任者又は権限を授与された責任者である。実務上、最も多く責任追及の対象となるのがこのタイプである。
Ø その他の直接責任者:違法行為を直接実施し、重要な役割を果たした者をいい、「直接実施」と「重要な役割」が要件とされ、典型的には現場の排出担当者、モニタリングデータの改ざん者、違法な指示を実行する具体的な事務担当者などである。
四、考えられる対応策
現在、「事後是正・受動的対応」のパターンを踏襲し、対応の重心を末端の排出基準適合に置いている企業はまだ少なからずいる。「生態環境法典」における「両罰制」の強化は、本質的には「個人責任」を通じて法律遵守のプレッシャーを直接の責任者に伝達するものである。多くの在中国日系企業において、日本からの駐在員が法定代表者、董事又は高級管理職を務めるのが慣行となっていることに鑑みると、両罰制の下では、これらの職にある者が最も責任主体として認定されやすい。「中華人民共和国行政処罰法(2021年改正)」第32条(違法行為の危害結果を自ら除去・軽減した場合には処罰を軽減・免除することができる)及び第33条(軽微な違法であって直ちに是正し、危害結果を生じさせなかった場合には不処罰とする)という裁量規定を踏まえ、在中国の日系企業、特に関係責任者に就く日本人駐在員に対し、以下の4点の実務上のアドバイスを提案する。
1 内部責任体制を構築し、法定代表者・役員等の任免を慎重に行うこと。環境保護の職責分担に関する文書を作成し、環境保護責任を職務記述書などの書面に明記して関係者に確認・署名させ、責任を各人にまで明確化し、書面に証跡を残す。
2 常態的な環境保護コンプライアンス監査を実施すること。経営陣は主導的に環境保護コンプライアンス体制を整備し、定期的に内部監査を実施する。自己点検で違法の兆候を発見した場合には、報告し、直ちに是正する。
3 第三者との提携リスクを管理し、「外部委託による免責」への安易な依存を排除すること。企業は環境責任の第一の責任者であり、第三者提携先の資質を厳格に審査するとともに、契約において第三者の責に帰すべき事由により環境処罰を受けた場合の求償条項を明記する。
4 台帳管理と突発的な法執行検査への対応体制を整備すること。汚染防止施設の運転記録、危険廃棄物管理台帳、モニタリング報告などの記録・帳票を整備するとともに、突発的な法執行検査への対応要領を策定する。環境当局の立入検査の際には、直ちに法務部門又は外部弁護士に連絡して同席を求め、従業員に対応の指導を行い、意思疎通の不備や安易な事実関係の自認により不要な両罰リスクが生じることを回避する。
以上